思考

「仕事」の本質を見失った社長の末路は暗い。

仕事とは、誰かの役に立って、その対価としてお金をもらうこと。

こんな当たり前のことを忘れてしまうと、会社は悲惨なことになる。

 

そもそもなぜ会社を経営するのか?

自分のできることを、自分で表現して、世の中の誰かの役に立つことができるのが会社経営である。

 

小規模の会社が、お金儲けのための会社経営になると、社長は非常に苦しくなる。

 

お金を手に入れる方法には、苦労しない方法もいくらでもあるからだ。

 

 

そんなことを再確認させてくれた本がある。

それがこれだ。

学研プラス なぜ僕らは働くのか 監修池上彰

 

その中で印象に残ったことを挙げてみる。

 

スキの周りには様々な仕事がある

我々がスキを仕事にしようとしたとき、非常に短絡的に職業を考えてしまう。

サッカーがスキならサッカー選手という風に。

 

だが、【サッカーがスキ】から実はもっと広げていって、様々なことを職業にするチャンスがあるのだ。

例えば、サッカー用品を売る仕事、サッカー選手の怪我を治す治療家、サッカーチームを運営するスタッフ、子供にサッカーを教えるコーチ、サッカーの漫画を描く漫画家、サッカーのユーチューバー  etc...

 

 

これらのことは会社経営でも使える考えだ。

今の事業を広げたり、新規事業を取り入れる際に、単純なことを行うのではなく、

コアで特定の人にしか役に立たないけど、独自性のある事業を取り入れるアンテナになる。

 

 

大企業の仕事はチームで考える

仕事は人の役に立つために行うこと。

大企業だとこの辺りがイマイチ見えにくいが、チームとして考えると合点がいく。

チームとしてプロジェクトを行うことで、世の中に商品やサービスを発信していき、

人の役に立つことにつながる。

 

私は中小企業の社長をやっていて、

時に大企業の社員を羨ましく思うことがあったが、

その理由がこれだ。

 

大企業の社員だと、直接お客の役に立つという実感をしなくてよい。

逆に言うと、自分はだれの役にも立たないと感じる機会が少なくて済む、という消極的な考えを持っていたことがあった。

 

お金を払うことはありがとうを意味する

なにかにお金を払うことは、お礼の気持ちを示すことになる。

250円ならその金額分の価値があると判断してそのサービスを受け、お礼に250円を払う。

 

ここ最近、金額を提示しないサービスに不満を持つ機会があった。

それは病院だ。

許可も得ず追加検査や治療を行い、何も言わず支払わせる。

本当に必要な検査や治療なのかの説明もなく、サービスの押し売りをする姿は、恐喝か詐欺かと感じた。

 

また、ほかにも、いったいいくらするサービスなのか、何にお金を取られているのか、が非常にわかりにくいサービスも多いように感じる。

このような事業にはとても嫌な気持ちにさせられる。

 

一番いけないのは、自分なんかダメだと思い込むこと

人は必ず役に立てる輝ける場所があるのにも関わらず、自分なんかダメだと思い込むことでその可能性を失ってしまう。

私もそうだった。

入社した当時や、社長になった当時は、自分の良いところを理解したうえで、強みを生かして人の役に立っていた。

しかし、責任の大きさや、経験の少なさを引け目に感じて、自分なんかダメだと思い込むことで、人の役に立つことが怖いと思ってしまった時期があった。

自分の可能性を狭めるだけなので、この考えは捨てたほうが良い。

 

自分の短所は長所にも代えられる。

なので、自分を責めずに許すことが大切なのである。

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